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今朝のNHKラジオでは、ベトナムにいる残留日本兵の子供達について放送していました。@@@

第二次世界大戦中、日本軍はフランス領インドシナに進駐して、終戦当時10万人近くの日本兵が現在のベトナムにいたそうです。

終戦後もベトナムに留まった日本兵(残留日本兵)は、当時数百人いて軍事訓練などを通じて、ベトナムの独立運動に大きな役割を果たしたようです。多くはベトナムで結婚し家庭を築きましたが、1950年代に東西冷戦で政治状況が変化するなか、半ば強制的に日本に帰国させられ、多くの家族が生き別れになったそうです。


今年3月に天皇皇后両陛下が、ベトナムを公式訪問をした際に、残された妻子に面会されたことがきっかけになり、残留日本兵の子供達13人が先月訪日したそうです。

父親に会えたのは1人だけで、すでに亡くなった父親の墓参りが実現した人もいましたが、父親の消息が分からない人もいました。

ベトナムで使っていた現地の名前や、日本の出身地しか手掛かりが無かったためです。

ベトナム北部のタイグエン省から訪れたグーティンタンさんは、「父親は福井県にいるということしか聞いていない」が何か知らないかなどと記者に聞いて、少しでも父親の手掛かりを探したい姿勢に胸が締め付けられる思いがしたそうです。


日本で過ごしたのはおよそ一週間で、多くの子供達にとって父親の祖国を訪れたのは初めてだったようです。大阪などの観光地も訪れましたが、最も印象的だったのは京都舞鶴市の訪問でした。実は舞鶴市には、父親達がベトナムから帰国した船の港があり、訪れた時期が台風で大雨でしたが、父親の降り立った港を見つめていたり、思い出に港の土を持ち帰る人もいたようです。

今回の取材では、子供達の怒りや恨みの言葉は一言も無かったそうです。多くの残留日本兵は、家族に告げること無く日本に帰国したため、ベトナムに残された家族は苦しい経済状況や父親が日本人であるという差別に苦しんでいたそうです。それでも父親を大切に思う気持ちに変わりがないそうです。

父親が居ないことは「屋根がない家に住む」という言葉があり、ベトナムでは父親が非常に大切な存在であるかを表しているそうです。

家族の離散から半世紀経ち、今回訪れた子供達も60〜70歳代の高齢化が進んでいるので、早く父親との繋がりを取り戻して欲しいと締めくくっていました。

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この放送でベトナムの独立に多くの旧日本兵が役割を果たしていたことや、後のベトナム戦争にも影響を及ぼした旧日本兵の軍事学校の存在も知りました。

戦争は決して肯定するものではないものの、多くの植民地が独立した過程をみると、かなり複雑な思いがしました。

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